初めて槍でまみえたとき、己の感情が高揚するのがよくわかった。
実力はほぼ互角。
突いても薙払っても、避けても受けても、食らいついてくるその闘志。
鋭い切っ先に、熱い想いを込め、私たちはまるで古くからの知己に会ったかのよう、槍を通して語り合った。
そんな相手はこの先も含めて、生涯で一人きりかもしれない。











「いかがされた?幸村殿」
海を渡った国の古代史に名を連ねる蜀、五虎大将の一人、趙子龍、その人である。
しかし世界崩壊寸前の今となっては、遠呂智軍に対する連合軍の筆頭とも言えるべき人である。
「あ…いえ、考えごとを」
皆の視線が一堂に集まり、幸村は不意を突かれて、眼を丸くした。
「それは頼もしい!
 天下の智将として名高い幸村殿が、智恵を働かせてくだされば、遠呂智軍もそう易々と動けまい」
「いえ…っ、そのことを考えていたのではっ………申し訳な」
上の空だったことを糾弾されるでもなく、こう持ち上げられては、幸村は次の言葉も紡げず、軽く頭を下げた。
趙雲は、そんな幸村の肩に、ぽんっと優しく手を置いた。
「ふっ」
「………?」
「少しいじめすぎたかな。
 しかしながら今は作戦会議中、いくら幸村殿と言えど、意を傾けていただかねば」
「はっ…はい」
「ではもう一度、作戦のあらましを説明しよう」

趙雲殿は素晴らしい。
実力のほどは互角だとして、私には隊を率いることは出来ても、軍をまとめる力などない。
灰汁の強い将たちを叱咤激励使い分けながらまとめあげ、新参者の私個人でさえ目を掛けてくれる。
突然の遠呂智の来訪で世界が闇に覆われ、三成殿たちと離れ離れになったことを憂いていたが、これはこれで良き人に巡り会えたのだろうか…。





趙雲の進行の元、軍議はすんなり運び、作戦は明朝執り行われることとなった。
軍は二手に別れ、警備の薄い南蛮の地を奇襲する。
ここは南蛮の地から遠くもなく近くもない要所。
奇襲作戦のため、遠呂智軍には決して見つからないよう、陣所もこじんまりとし、篝火も焚かずに、兵の一人一人が息を殺して寝付いていた。
天を見上げれば、無数の星たちが我先にと空一面に輝く。
幸村は一人寝付けずに、先ほど軍議が行われた場所で、蹲って膝を抱えていた。
日中は多くの人々に囲まれて、つい忘れがちになってしまうのだが、日が沈むと、時折物悲しくなってしまう。

(ここには三成殿がいない。兼続殿も慶次殿も…)

小田原の地で、三成殿や兼続殿と出会ってからは、三人で過ごすことが最も多く、中でも三成殿は己の守るべき人として、片時も離れたことがなかった。
こうして離れることがあるとは、考えたこともなかった。
三成殿のことを思うと胸が苦しくなる。
ましてや行方もしれないのだ、生きているのか、はたまた………。
(いや、三成殿は今もご無事だ。
 どこで何をしておられるのだろう…)

一度でも、私のことを思い出してくれただろうか…。
私のことなど、とっくの疾に忘れ………。

そこまで考えて、幸村は己の考えを打ち消した。
こんなわけのわからない焦燥感に襲われるのは、三成殿と交わした深い口付けのせいだ。
あの感触を、思い出しただけで熱が吹き出して、胸が早鐘を打つ。
あの時の三成殿の姿がこんなにも、私の心を掻き乱す…。

「幸村殿!」
いきなり名を呼ばれ、幸村の身体が大きく跳ね上がる。
自分の中の浅ましい考えを覗かれたようで、恐る恐る振り返えると、趙雲が幕をぺらっと捲って、微笑んでいた。
赤く染まった顔を悟られまいと、幸村は趙雲から、ぱっと顔を逸らした。
「こんなところにおられたのか」
「趙雲殿…!何か作戦に変更でもっ?」
幸村が問うと、趙雲は頭を振ってそれを打ち消し、すぐ隣りに腰掛けた。
「ははっ、驚かせてしまったようだな」
「いえ…。
 して、いかがなされました?」
「いや、幸村殿と話がしたくてね。
 軍議以外で話しかけてはいけなかったかな?」
「…そのようなことは…!」
幸村は慌てて身振り手振りで、それを否定する。
その動揺っぷりを見て、趙雲はちゃかすように、声を出して笑った。
「幸村殿は、ぼーっとしておられることが多いな。
 それは元々の性質なのか?」
「…さあ…?」
「…それとも、まだ我が軍に馴染めてないのか…?」
(趙雲殿は私のことを心配してくれてる…)
「生まれつき…でしょうかね」
幸村が思いを巡らせてやんわり笑うと、趙雲は困った顔をして溜め息をついた。
自覚があるのかないのか、幸村は演技が上手くない、趙雲にしてみればそこがいじらしくも思えるのだが。
「幸村殿は…普段何を考えておられる?」
「と、言いますと?」
「何でもいい、いつも考えていることだ。
 私は貴殿が考えていることを、ただ、知りたい」
幸村は質問に窮した。
何を…と言われても、その時その時によって違うし、人に話せるほど大したことは考えてないのだ。
それでも趙雲は黙って、穏やかにその応えを待っている。
その面持ちに、幸村は観念したのか、おずおずと話し始めた。
「先は………」
「先は?」
「……友のことを、考えておりました」
「友?」
「……はい」
さぞ趙雲殿は困り果てた表情を浮かべているだろう、あるいは不満げに思って、おられるかもしれない。
幸村は言ってしまったことを少し後悔して、項垂れかけた身体を、正せなかった。
「それは、どのような友なんだ?」
どのような?と問われて、幸村はあの感覚を思い出した。
美しく妖しげな眼で見つめてくるあの人を、思い出してしまう。
全身の血が騒ぎ立てるように吹き出してしまいそうで、幸村は火照る身体を隠すよう、小さく身を屈めた。
「果たして、それは本当に友なのかな?幸村殿」
「とっ、友です!茶化さないでください!」
「ははは、これは失礼。
 他には?ずっとその人のことばかり考えていたのか?」
「いえ!
 …貴殿のことも考えておりました」
「私の?」
「はい、素晴らしい方だなあ…と」
「はは、それは光栄だ」
「本当に、そう思うのです!
 趙雲殿は、槍を取っても策を取っても秀でておいでる。
 また、皆を見事ひとつにまとめあげ…こんな私にも、声をかけてくださる…。
 私には到底真似できない」
「幸村殿にそこまで言ってもらえて、恐縮だな。
 しかし、私が貴殿に話しかけることは、私個人の興味だよ。
 私もずっとあなたのことを考えていた…」
「ふふ…趙雲殿も、私のことを…?」
「ああ…そうだ」
趙雲の声音が少しばかり弱くなった、その様子を伺うように幸村は顔を上げた。
趙雲は至って真剣なまなざしを向けている。
ある種の緊迫感を伴ったこの空気を、幸村は知っていた。
趙雲の指先がすっと伸び、幸村の顎を固定する。
くいっと唇を上向きにされて、幸村はそのまなざしの先を確信した。

「…いっ…いやです、趙雲殿…」
「…そうかな?」
趙雲の眼が細められ、思わず幸村は身を引いた。
しかし、いつの間にか回り込んだもう一方の手で、腰をぐっと引き寄せられ、趙雲の身体を押しつけられる。
今にも触れ合いそうな口と口に、反射的に幸村はぎゅっと目を閉じた。
頑なに閉ざされた唇に、趙雲はゆっくりと口付ける。
最初は触れ合うだけの唇が、次第に食むように噛み付きながら、ちゅっと音を立てて、震える唇を何度も啄んだ。
あの時の感覚にどこか似ているような、この感覚は、幸村の抵抗を鈍らせる。
この温かな腕に抱かれて、あの名前を呼んでしまいたかった。
―――……殿…。

「趙雲様、おられますかー?」
天幕の外から、聞こえてきた不穏な声に、幸村の身体はびくりと震えた。
だんだん兵士の気配が近付いてくる。
幸村は気が気ではなかった。
もしこのようなところを他の兵士に見られたら…。
考えるまでもなく血の気が引いていく。
一人青ざめた幸村の口を、趙雲の手のひらが、そっと塞ぐ。
「どうしたっ?計画は明朝決行と言ったはずだ!
 見張りの隊士以外は明日に備えろ!」
「それが…作戦のことで大王がもう一度、趙雲様にご指示を仰いでこいとの仰せです」
「……孟獲殿が…?わかった。
 今行く…!」
そう答えると、趙雲は幸村の口を塞いでいた手を、自分の口許に併せ、人差し指で「しっ」と形作った。
その指で、紅く色付いた幸村の唇を小突くと、振り返ることなく天幕の奥へ消えて行った。
兵士と趙雲の声が小さくなるまで、幸村はその天幕をしばらく見つめていた。



(今のは………)

幸村は己の唇をなぞるように、そっと拭うと、ぬるぬるとした自分のものではない唾液がこびりついていた。
まだあの感触が生々しく焼き付いている。
思わず口走ってしまいそうになったあの名前にも、趙雲の不可解な行為にも、幸村は目の前が真っ暗になる思いがした。



胸の動悸がまだ収まらない。

魔王降臨、発売決定おめでとうございます!なノリで、OROCHIの三幸前提、幸←趙ですv
大体、火蛾シリーズの後くらいのイメージです。
スマートな趙雲に、幸村はどぎまぎ、三成はやきもきすればいいって感じのお話です。
たぶん続くと思われ。
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